唐古・鍵遺跡史跡公園とは

唐古・鍵遺跡史跡公園とは

ようこそ2,000年前のムラへ!

ようこそ2,000年前のムラへ!
今から約2,000年前の弥生時代、奈良盆地の中央に位置するこの地には、日本最大級のムラがありました。 唐古・鍵遺跡は、幾重もの環濠に囲まれた弥生時代の集落の遺跡です。 約42万㎡(甲子園10個分)という大きな面積を誇ったことや、弥生時代前期から後期まで約700年間もの長い間、途切れずに集落として存在し続けていたことなどが分かっています。 また、大きな建物があったことを表す遺構や、土器をはじめたとした多くの遺物が出土しています。遺物は、日本各地から運び込まれた物もあり、2,000年前の弥生時代には、すでに地域を超えた大きな範囲での交流が行われていたことが分かります。 こうした特徴から、この遺跡は、当時最先端の技術を持ち、近畿地方のリーダーのような役割をしていた集落だったのではないかと考えられています。 弥生時代研究にとって非常に重要な遺跡であることから、平成11年に遺跡の中心部分が国の史跡に指定されました。 そして、この遺跡の地下に眠る遺構を末永く保存してしっかりと次世代へ引き継ぐように、また、この遺跡を通して、多くの人に歴史の面白さやこの地域の魅力を伝えるために、遺跡の一部が史跡公園として整備されました。 この公園では、周囲の田園風景を含め、弥生時代の「風景を再現」することと、かつてこの地で営まれていたであろう「生活を体験」できる場となることを目指しています。 体験を通じてはるか古の人びとに思いを馳せたり、ゆったり流れる時間を過ごしたり。 教科書や書籍からでは伝わりきらない弥生時代の面白さを、「風景」や「生活」の体験と共に感じていただけたらー 2,000年の時を超えて弥生時代を体感しに、唐古・鍵遺跡史跡公園にお越しください。 ご利用案内を見る

公園の概要

名称 唐古・鍵遺跡史跡公園

(からこ・かぎいせきしせきこうえん)

所在地 奈良県磯城郡田原本町唐古50番地の2

(ならけん しきぐん たわらもとちょう からこ)

(敷地は大字唐古、鍵、法貴寺地内)

TEL 0744-34-5500
FAX 0744-34-5511
開園時間 9:00~17:00

※遺構展示情報館への入館と駐車場への入場は、9:00~16:30までです。

※公園内のトイレは、9:00~17:00のみご利用いただけます。

(上記以外の時間は管理・保安上施錠しますので、お手数ですが、道の駅の24時間利用可能のトイレをお使いください。)

休園日 毎週月曜日

※月曜日が祝日の場合は、その日に最も近い平日を休園日とします。

年末年始(12月28日~1月4日)

※休園日は、遺構展示情報館、駐車場、公園内のトイレはご利用いただけませんので、予めご了承ください。

(トイレは管理・保安上施錠しますので、お手数ですが、道の駅の24時間利用可能のトイレをお使いください。)

開園面積 107,798㎡

(国史跡指定地:103,282㎡、東側史跡区域外:4,516㎡)

電車でのアクセス
  • 近鉄橿原線「石見駅」下車 徒歩約20分(約1.5km)
  • 近鉄橿原線「田原本駅」下車 タクシー約10分(約2.5km)
  • 近鉄田原本線「西田原本駅」下車 タクシー約10分(約2.5km)
詳しくはアクセスページをご参照ください。
お車でのアクセス 京奈和自動車道「三宅IC」から東へ10分

国道24号より東へ

※公園駐車場は、国道24号沿いにはありません。

詳しくはアクセスページをご参照ください。

団体の受付 お電話でお問い合わせ下さい。

0744-34-5500(唐古・鍵遺跡史跡公園事務所)

唐古・鍵遺跡の歴史

1900 1901年 高橋健自氏、鍵出土の土器・石器を学会に紹介する。
1910 1917年 鳥居龍蔵氏・岩井武俊氏らが唐古池の堤南畔を発掘、報告する。
1920 1924年 森本六爾氏による発掘、遺跡と遺物に対する検討。
奈良県史蹟調査会の上田三平氏が唐古池西堤防外側でトレンチ調査。
1929年 唐古の飯田松治郎・恒男親子が採集資料を図録として出版。
1930 1936年 国道15号線(現在の24号線)建設に伴う唐古池の土取り工事と併行して、末永雅雄 氏による発掘調査が行われる。これにより出土した木製農耕具などから、弥生時代が農耕社会であることが明らかに。 出土した多量の土器から、土器の変遷から時代をはかる「土器編年」が確立、 弥生研究の基礎となる。
1970 1977年 北幼稚園建設に伴う調査。ムラの南側を囲む大溝の検出、土製や石製の銅鐸鋳型など鋳造関連遺物が出土し、銅鐸をつくるムラとして大遺跡の認識がさらに深まる。 この調査により、遺跡が大字鍵にも拡がることが確認され、遺跡名が「唐古遺跡」 から「唐古・鍵遺跡」へと変更される。
1980 1981年 弥生時代前期のドングリを貯蔵した穴や鶏の頭を形取った土製品が出土。
1982年 ムラの西端を囲む環濠が5条検出される。 鞘入石剣が出土。 この調査から、奈良県立橿原考古学研究所が行っていた調査を田原本町教育委員会 が引き継ぐ。
1983年 奈良県橿原市耳成山産の流紋岩を用いた石包丁の製作工程を示す未成品・原石が出土。
1985〜86年 前期の木棺墓から人骨が出土。鑑定の結果、大陸系の成人男性と判明。
1987〜88年 ムラの南端の確認。細形銅矛片、木戈などが出土。
1990 1991年 ムラの南側を囲む環濠4条と橋脚状の杭。ムラの南側出入り口か? 楼閣を描いた絵画土器の出土。
1992年 銅戈を描いた絵画土器、天竜川流域の土器が出土。
1993年 ヒスイ製勾玉、碧玉製管玉の出土。
1997〜98年 青銅器鋳造炉跡の検出。鋳造関連遺物の出土。
1998〜99年 南地区の中枢部を囲むとみられる区画溝の検出。
1999年 国の史跡に指定される。
弥生時代中期初頭の大型建物跡を検出。
2000 2001年 ムラの北西部の調査で褐鉄鉱容器に入った翡翠製勾玉が出土。
2002年 第74次調査で検出された大型建物跡地が国の史跡として追加指定される。
2003年 2棟目となる弥生時代中期中頃の大型建物跡を検出。
2009年 青銅器鋳造関連遺物等が掲載された唐古・鍵遺跡の報告書を刊行。

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